与那国奇譚 サンアイイソバ

「私たちも台湾に帰ってから今回の計画をより素晴らしいものにするよう、いろいろと検討します。そうそう、この島を去る前に、ぜひ訪れて祈りを捧げたい場所があるのですが・・・」
 葉はそこまで言うと言葉を切った。名前が出て来ないようだった。
「あの・・・女王が居たところ・・・」
「あ、わかりましゅ。サンアイイソバの居たティンダハナタでしゅに」
「そうそう、そのサンアイイソバ様!」
「じゃあ、今から行きましょうか。ここからすぐそばです」
「いえ、夜がいいのです。松明を持って行き、そこで火祭りをしたいのです」
「火祭り?」
「聖媧様の時代も火祭りは大事な行事だったそうです。そしてそのまま日の出を待つのです。これは女の祭り。男子禁制。私たちの秘儀でもあります」
「しゅりゃ危険だ。暗い夜道を登るの大変。怪我をしなくりば良いが・・・」
「十分に気を付けます」

 葉は島巡りの時に、花城や上原から与那国の歴史を聞いて、サンアイイソバにかなりの興味を抱いたようだった。
「人類の文明の最初はすべて女性の天下だったのです。メソポタミアもエジプトも最初は女王。日本だって卑弥呼でしょ? 中国は聖女媧様。ここヨナグォでもそうだったのですね。きっと聖女媧様の末裔に違いない・・・」
 花城や上原が語ったのは、島民だった池間栄三氏の名著、「与那国の歴史」に書かれていたことだった。
 それによると、サンアイイソバは2メートルの巨女だったと言う。島一番の働き者で、やがて島民たちに推されて島長になり、サンアイ村に住んでいたが、見晴らしの良い、標高85メートルの巨岩、ティンダハナタの上に住むようになり、4人の弟たちに当時5つあった集落を治めさせていた。日本で言えば室町時代末期の15世紀末のことで、宮古島や石垣島を平定した琉球王朝が、宮古島の仲屋金盛を大将とする軍勢で島に襲来した時、サンアイイソバは巫女としての呪術を使って敗退させたらしい。島民たちからはサンアイイソバ・アブと呼ばれていたと言うから、すでに老婆だともいわれているが、それから十数年は平和で、彼女が老死した後、宮古島からやってきて新たな島の首長となっていた鬼虎が再び押し寄せた琉球軍に騙されて殺されたことで島は琉球王朝に組み込まれたのである。琉球王朝にしてみればこれで琉球列島のすべての島の支配を完了させたことになるが、100年もしない1513年、突如、薩摩藩の軍勢に攻め込まれて琉球王朝自体が薩摩藩に組み込まれてしまった。
 もっとも、薩摩藩は、琉球を通じての中国その他の国との密貿易が目的で、琉球王朝が服属する中国の清王朝の使節が琉球を訪問する時は、民家などに隠れて見つからないようにしたらしい。
 琉球王朝の課税は厳しく、人頭税などというとんでもない税まで押し付けられて、妊婦が岩の割れ目を跳ぶ久良部バリや速く走れない男を消す、トゥング田などと言う哀しい遺跡が残った、ここ与那国の言わば、最後の栄光の時代がサンアイイソバ女王の時だったかもしれない。
 葉は、ここ与那国の魅力を台湾に伝えるには、海底神殿だけではなく、サンアイイソバの伝説も際立たせるため、新たな火祭りを思いついたと思われる。
「真夜中の女性だけの秘儀です。決して覗かないでください! そのような紙を畏れぬ行為には必ず天罰が下りますから、このことは決して外部の人に話さないでください」
 厳しい表情でそう言われれば言われるほど、会議に参加した男たちの好奇心を刺激する。おそらく、彼らは、あの新川鼻の禊みたいに全裸で踊り狂う姿を想像したようである。
「そうだ・・・火祭りの一部始終は記録しておいたほうがいい。そうねえ・・・池住さん、あなたビデオの撮影はお手の物でしょう? 男はあなただけ参加していいわ。でも男の格好じゃまずい。女装してください」
「えっ? 女装ですか・・・はい、わかりました!」
 花城や上原が羨ましそうな視線を池住に向けた。

 与那国最後の晩の歓送会は、歓迎会と同じような乾杯と演奏と踊りの実に賑やかなものになった。しかし、9時過ぎになると、葉が、
「名残惜しいですが、真夜中の火祭りがありますので、この辺でお開きにしたいのですが・・・」
と告げて宴会は終了した。
「お開きなんて言葉、よくご存じですね」
「友達の結婚式に何度か出席して覚えました」
「火祭りの準備に何か協力できることはありませんか?」
「謝謝・・・池住さんをお借りするだけで大丈夫です」
 謎めいた微笑みを残して女性たちは部屋に戻って行った。
 飲み過ぎたせいもあって藤田たちはすぐに眠りについた
 葉の部屋では、池住がバスタブで女性たちに体を洗われ、しかも精まで手で抜かれて放心状態になった。
「さ、これであなたも女よ!」

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